作品集【小説】

落ちた星
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『ユーグ、貴方はとても優しい人ね』
そう言って柔らかく微笑んだテレシア。
…彼女は最後まで気付かなかったのだろうか?
その優しさが彼女ただ一人にしか向けられていなかった事に。
今更ながら思う。
会わなくなってどの位経ったのかさえ考えたくないけれど。


「……テレシア」
彼女が選んだ男と何ら変わらない、真摯な想いは未だにこの胸に閉じ込めたままだ。
誰よりも美しく、慈愛に満ちた心を持った女性。
多くの出会いを繰り返した今も、彼女より輝くものはない。
彼女の面影を重ねては、その違いに失望するだけ。
あれほどにも愛せる人なんて二度と出会えるはずもないのだから。
なのに、
「……もう、貴方はいないのですね…」
激しい悲しみに包まれた自分の心。
総てを失ったかのような錯覚を与えるほどに、その事実は胸を撃ち抜いた。
自分の心を優しく奪い、今も放さない女性-ヒト-の死という痛い現実。信じたくない思いの方が遙かに強いが、その情報に偽りなどありはしないのだろう。
「…なのに、貴方への恋情はそれでも募るばかりだなんて、滑稽…ですね…」
悲しげな微笑み。無意識に溢れる涙。
彼女への想いを包み込んだ涙は何よりも美しく、そして想いの深さほど悲しい。
手に握る一輪の花。
それは彼女の花。
純潔のユリの花。
…その花を見るたびに彼女を想った。
「…今死ねば貴方に会えるのでしょうか」
『生』の執着を失う。
彼女のいない世界に何の価値があるのだろうか。
絶望感が心を満たす。
傍に寄り添えなくても、彼女は唯一の女性-ヒト-だった。
彼にとって彼女こそが『神』と呼べる絶対的な存在だった。
誰かを想うという温かな気持ちを教えてくれ、そして彼を優しく包んでくれた彼女。無償の愛とも呼べる綺麗なものだけを彼女は持っていた。
それは簡単に壊れてしまうような、繊細でいて儚いものに見えた。けれど、実は誰よりも強く決して歪まない確かなものだったのだろう。
きっとユーグよりも遙かに強い。
前だけを見つめていた優しくも強いあの眼差し。
穢れのないあの瞳。そんなはずはないのに、彼の眼には純粋なものだけで出来ているように映った。

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