作品集【小説】

気づいて。
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あなたがいない。

あなたの声が聞こえない。

あなたの匂いも香らない。


「つまらない…」
処理の進まない書類を眺めながら溜め息を漏らす。
「カイ様?…その台詞は、…どうかと思いますよ?」
「!?」
すぐに返ってきた注意の言葉に驚き、慌てて謝罪する。
「ぁっ…その…すみません…」
「いぃえ…構いませんよ?このような年寄りと仕事をしても息苦しいのは確かです」
少し嫌味の混じった、しかしからかうような口調にカイと呼ばれた青年…にはまだ少し早い、中性的な少年が、しまった…という顔で素直に謝る。
「ベ、ベルナルド…本当に…か、からかわないで下さい…」
頬が少し赤らむ。
 彼はあの人以外の、素直に接する事が出来る数少ない人物だ。 「ほっほ…この老いぼれの楽しみですよ…始終冷静なお方をこのように取り乱させるのは小生には生きがいですぞ?」
笑顔で言われる。
「…う…」
何も言い返せなくなる。
いつも、この人には頭が上がらない。
仕事の補佐官としても、また、人生の先輩としても。
 拗ねた事を気づかれないように、むっと視線を向ける。と、
「?お茶でも入れましょうか…」
なんて、軽くあしらわれたりする。
到底、適わない。
ベルナルドが彼に、少し似ている。と思ってしまう。
 給湯室に入っていく補佐官の後ろ姿を見て、密かに微笑んでしまう。
「ふふっ…」
きっと彼に怒られる。俺はあんなに年寄りじゃねぇ。なんて…。

彼の事を考える。
無意識に頬が熱く、赤く染まる。


……どうしよう……

頭から、彼が離れない。
何時もなら、彼の事を考えるだけで苛々して、モヤモヤして…

「カイ様お茶が入りましたよ?…カイ様?どこか具合でもよろしくないのでは?…」
温かい湯気と落ち着く香りを漂わせて、そこにベルナルドが立っていた。
はっと気付いて首を左右に振る。
「大丈夫です。すみません…いただきます」カップに手を伸ばした時だ。
「カイ様…無茶はなさらぬよう。今日はそれを飲んだらお休み下さい。」
「っ…!?……は…?」
いきなり休暇を促されて一瞬、何を言われたか解らなかった。
「ですから、今日はお休み下さい。眉間に皺を寄せて頬を赤くして、具合が優れないのでしょう?」
今日は特に急ぎの仕事もないからと、微笑まれる。

この笑顔にも勝てない…。
具合が悪い訳ではない。本当。
赤い、男の事を考えて、赤く染まった。それだけ…
…それだけ?…

「…はい…そうします…」
渋々了承し、まだ湯気の上がるハーブティを啜った……。

少し肌寒い、午前9時。


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